この家は誰かが来る度に料理上手な中国人が本場の中華料理の腕をふるう。
毎日誰かが来ていたらきっと毎日中華料理なのだろう。
ジェットは久しぶりの「まともな」食事に気分を良くしていた。
「まとも」が本場の中華料理なのかはどうかは別として、NYで一人暮らしをしている時はきっとろくなものを食べていないのだろうと中国人が言っていた。
確かに…
アンナは思う。
自分もアメリカでひとり暮らし
時々は外食もする。
ファストフードショップのハンバーガーは日本のものより数倍大きく、身体に悪そうなものだった。
こんな「身体」にされてからは数日食べなくても大丈夫らしいのだが、日々の習慣でお腹がすく。
そしてそれを放棄してしまったら本当に人間で無くなるような気がしていた。
だから同じ「境遇」の彼らが「食」を大切にしている気持ちもよくわかった。
でも…そろそろ日本料理が恋しくなった。
明日母の所に帰ろう。
これ以上傷つけられたくない…
あのアメリカ人に
でも、その前にフランソワーズに謝っておきたかった。
彼女は自分の事を考えてくれていたのに、両親の話でついカッとなってしまった。
夜遅いリビングに電気がついている。
きっとフランソワーズが起きているのだと思った。
一人だといいなと思う。
ジョーがいると…話つらい。
でもきっと彼の事だ、席を外してくれるだろう。
そっとリビングを覗いたら、そこにいたのは…
「どうした?寝れねぇのか?」
今一番避けたかった人がソファーにどかっと座ってけん玉をしている。
「どうしたんですか?夜中ですよ?」
思わず話しかけてしまった。
「時差で寝れねーんだよ、お前こそどうしたんだよ」
「もう寝ますから」
「誰かを探しに来たんじゃないのか?」
「いいえ」
「まぁ、せっかく来たんだから座れよ」
また何か言われて傷つくだけだ。
そう思いながらもここから出る言い訳が思いつかず、仕方なく対面のソファーに座る。
向かい側のジェットはけん玉に夢中だった。
「しっかし、難しいよなけん玉は」
返す言葉も思いつかず黙ってけん玉を見つめる。
なかなか中心に入らないけん玉にイライラしながらも諦めることなく何度も繰り返している。
「なんで日本に帰ってきたのに母親の元に行かねぇの?」
目線はけん玉を見ながらジェットはアンナに話しかける。
「…許せないから」
一瞬ジェットがこっちを向いた
でもすぐけん玉に視線を戻す。
「ふーん」
ジェットは興味なさそうに言葉を返す。
2人沈黙のまま、けん玉の音だけがリビングに響く。
「事情はここに来る前にジョーから聞いた。お前に余計な事は言うなとな」
「でもよぉ、お前、親父さんに手術してもらわなければ死んでいたんだろ?」
アンナは黙ったままだった。
ジェットはその様子を気にする事なく、けん玉をやりつづけている。
「考え方を変えてだな…再び親父さんから命をもらった…そう考えられねーのかなって」
アンナが顔を上げる。
「この身体にされた事実はもう変わる事はないし、親を恨んでいても先に進めねーんじゃないのか?」
「ジェットさんは…この身体を不便だと感じた事はないんですか?」
「俺すげーんだ、空飛べるんだぜ」
質問の答えがあまりに幼稚で、アンナはぽかーんとしていた。
その瞬間
「あ!入った!」
声を上げたのはジェットでなくアンナだった。
けん玉が見事に入った。
「やったぜ!」
ジェットはちらりとアンナを見た。
「やっと笑ったな」
「え?」
「俺はミッションコンプリートしたからもう寝るぜ」
けん玉をドカッとリビングのテーブルに置き、リビングを後にする。
ドアを開けた瞬間アンナが
「おやすみなさい」と声をかけた。
「おぉ、お前も早く寝ろよ!」
振り返ったジェットの笑顔に、アンナの心の中が暖かくなった。
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