カナダ イエローナイフ
防寒具を身につけた観光客が、一斉に空を見上げている。
吐く息は白い。
突然5日位開けられる?と聞かれ、連れて来られた先は極寒のカナダ。
夜中に近い時間だからか、あちこちで欠伸をしている。
見ていたら思わず自分もしてしまった。
「眠い?」
隣に座る彼も、いつもとは違い、ダウンにマフラーをぐるぐる巻いている。
ニット帽を被り、完全武装。
…防護服着るわけにいかないものね。
いつもの彼なら選ばないだろう観光地。
沢山の観光客に振舞われるホットチョコレート。
「甘っ。」
一口飲んだ彼が呟いた。
誰も行かないような場所で、2人きりの絶景を楽しむのも、彼なら可能なのに。
お互い時間が取れない事か、何かに追い詰められているのか…。
「3日に一度は現れるらしい」
見上げる彼の口からは白い息。
あちこちから感嘆の声が漏れる。
「あ」
目の前に広がる緑のカーテン。
「…綺麗」
迫ってくるようなオーロラ
「…成層圏で…」
彼が話始める。
視線はオーロラを見つめながら。
「成層圏から見た地球は、青いだけじゃないんだ。オレンジの光はニューヨークの街の光、雲の隙間に光るものは雷…」
成層圏という言葉に、思わず彼を見る。
「緑のカーテンは今の景色と変わりなく。素晴らしかった。」
感情なく淡々と語る。
「死ぬ覚悟をしていても、美しいと思った。死ぬ前に神様がこんな素晴らしい景色を見せてくれているんだ…とね」
ふと彼が視線を合わせてきた。
戸惑った。
「あの時は死というものを全く考えていなかったんだろうね。目の前の事しか考えてなかった」
「でも今は…」
言葉を切り、俯いた。
顔を覗き込む。
「…怖い」
そっと彼の手を握る。
お互い手袋をしているけれど、そうせずにはいられなかった。
彼が顔を上げる。
ニコっと笑ってみた。
彼もふっと微笑んだ。
「リセットしたかったんだ」
「リセット?」
「あの情景が、時々僕を苦しめる。
君と一緒に、違う角度から見たら、情景は変わるかな…と思って。こんな観光地を選んだのも、賑やかな方が良かったから…」
彼は一旦言葉を止め
「成層圏には音がないから…」
彼は想像もつかない体験をしてきた。
身体は強靭かもしれないが、心は並の人間だ。
平和な時間が増えるほど、恐怖に感じるだろう。
「情景は変わったかしら?」
「まあ…ね」
「どんな感じ?」
「甘〜いホットチョコレートと、君のキス…だな」
「もう‼︎」
周りを見渡し、オーロラに夢中なのを確かめて、そっと彼にキスをした。
〜おしまい〜
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