1年余り世界中を回ったシーズンを終え、来期のシート獲得の報道があちこちで聞かれるようになった。
優勝こそはしなかったものの、チームへの貢献は目に見えるほどで、スポンサーだってジョーを手離す気は無いだろう。
フランソワーズは砂浜に降りひとり冬の海を眺めていた。
夏の穏やかな海と違い、波の高い荒れた海。
風もまだ冷たい。
ここに2人で座り、お互いの事を話していた日々がとても遠く感じる。
来期の事で忙しいのか、最近は連絡もないから、どんな声をしているかさえ忘れてしまいそうだった。
連絡が来ても居留守を使ったりしていたから、彼も呆れて連絡をよこさなくなるのは当たり前なのかもしれない。
「嫌われちゃっても仕方ないかな…」
ひとりごとが風に流れる。
「嫌われたのはボクの方じゃない?」
忘れている…なんて嘘。
聞きたかった声に振り返る
「ジョー⁈どうして?帰るなんてひとことも!」
「だって帰るって連絡したら逃げちゃうかと思ったから」
ジョーはフランソワーズの隣に座る
「来期の事はいいの?今忙しい時じゃ…」
「ワンシーズンという約束だから」
「スポンサーはあなたにもう1年と言っているって…」
「え?記事とか読んでいてくれたんだ。
サードドライバーの若手を是非と勧めたら、納得してくれたよ、こんな愛想のないのより、若手イケメンレーサーの方が需要あるから」
「スポンサーの娘さんは…」
「サードドライバーに夢中だよ、ボクは捨てられたのさ」
ジョーが笑う。
「キミが何故ボクを避けていたのかわからないけれど、ボクはキミの存在があるからこそ、1年間頑張れた。」
フランソワーズは久しぶりに間近で見るジョーを直視する事が出来ずに俯く。
「会えない日がどんなに辛かったかも、この1年で実感した。当たり前の日々が幸せだったって事もね」
フランソワーズはそっと顔を上げる。
遠くに行ってしまったと思っていた恋人は、1年前と何一つ変わらぬ姿で側にいた。
「どうしてボクを避けてたの?」
「もう…私の手の届かない所に行ってしまったかと思って…私なんかが側にいたらあなたに迷惑かと…バカみたいよね」
「そうだな、バカみたいだ」
ジョーの言葉に完全に顔を上げると、優しく笑う彼の顔。
「ボクはいつもキミの側にいた。距離は遠かったかもしれないけれど、心はいつもキミの側にいたはずだ。それに気づかないなんてバカだよ」
ジョーはフランソワーズの肩を抱く。
「こんなに会いたかったのに…」
久しぶりの彼の匂い、彼のぬくもり。
小さな声で
「もうどこにもいかないで…」と呟く。
ジョーはそっと身体を離すと、フランソワーズと向かいあい、抱き締める。
「テストドライバーで来てくれと言われているんだ、マシンが安定するまで…」
また日本を離れるんだ…
フランソワーズはがっかりする。
ジョーは再び身体を離すと、フランソワーズの両肩に手を置いた。
「一緒に来ない?」
「え?」
「今のチームのファクトリーはスイスにあるんだ、フランスに帰るついでにさ」
「え?」
「あ、でも若手イケメンドライバーに合わせたくないなぁ、彼はイタリア人だから」
「一緒に行っても…いいの?」
「日本でキミに来てもらいたかったのは、キミをみんなに紹介したかったからなんだけどさ、仕方ないからジェット紹介しておいたよ、もうチームメンバーは彼女に振られてジェットと…なんて噂まで飛び交って大変だったんだから」
ジョーはひとり大笑いしている。
「週刊誌とかはスポンサーの娘さんと噂になっているって…」
ジョーを避けていた本当の理由は、カレンの存在だったのかもしれない。
自分の存在でカレンが機嫌を損ねれば、チーム存続も危ぶまれるのでは、とも思っていた。
「ああいうゴシップ誌は間に受けない方がいいんだよ、チームメンバーはキミの事知っているから」
「え?」
「…写真見られた」
急に小声になる。
「写真…持っていてくれたの?」
「だから心はいつも側にいるって…わ!」
フランソワーズが突進してきたので、ジョーは後ろにひっくり返った。
「ありがとう」
フランソワーズはジョーの胸に顔をつける
フランソワーズの下敷きになった形のジョーだったが、フランソワーズの背中に手を回す。
「しばらくは写真でなく、ホンモノで」
ジョーが笑う。
フランソワーズもにこっと笑うと、ジョーにキスをした。
〜おしまい〜
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