フランソワーズはいつからか、海を見ていたらあの青年がやって来る、という事を期待するようになった。
「こんにちは」
またどこからともなくやってきた。
青年は、フランソワーズの隣に座る。
「今日もいい天気だね」
お互いの身の上話をする訳でもなく、それどころか名前すら言わない。
「あなたは…何者なの?」
フランソワーズが思わす口にする。
「うーん、何者なんだろう…実は自分でもわからないんだ」
「え?どういう事?」
「記憶がないんだ」
フランソワーズは青年を見ながら言葉を失う。
記憶が?
「記憶がって…何もかも?」
「うん、何も覚えていないんだ」
「あなたは今どこにいるの?」
「あっちの病院」
というと青年は指差した。
少し距離はあるが、小高い丘の上に建物がある。
ここから1番近い総合病院。
「抜け出して来たの?」
「海がね…海を見ていると落ち着くんだ。だから記憶も戻るかと思って…。
桜並木で会った時、最初に脱走したんだ。そろそろ帰らないと見つかる時間かな」
「何も…思い出せないの?」
「うん」
記憶を失った孤独。
今の自分の孤独の数倍辛いだろう。
自分が何者かわからないのだから。
フランソワーズは、思わず青年を抱きしめた。
「え?」
青年は戸惑ったが、フランソワーズが自分の為に涙を流している事に気づくと、抱きしめられたままこう言った。
「何だか懐かしいよ」
海岸道路に車が止まる。
助手席の窓が開く。
「フランソワーズ、何やってんだ?」
ジェットが海岸の光景に訝しむ。
「フランソワーズもショックなんだよ」
運転席のピュンマが、静かに言う。
「早くジョーが見つからないと…あいつは…」
ジェットはその光景を見ながら、窓を閉める。
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